66034279ba38a576ec1cdeb5b9d38741_t




一般財団法人ジャパン・マザーミッション機構
理事長 山内 俊夫





1995年1月17日 阪神一帯のみならず、
大阪湾周辺、瀬戸内、中四国一帯は未明の闇を
突き破る激震に襲われた。


ただし、私は四国の丸亀なので震度は4程度、
まして熟睡中なので自覚無し。

友人に電話で起こされた。確か午前7時45分頃だろうか、


「おい、山内、先程すごい揺れだったね!」

「え~何の事だい」

と私は答える。

「なに!あの揺れを知らないのか」

友人はあきれた言葉で「TVみろよ」
すぐさまスイッチを入れる。

TV画面からはヘリコプターからの映像が流れている。

高度200mぐらいの位置からの角度から
数十か所から火の手が上がっているではないか。



六甲山麓から海岸線の間で見た事もない風景が映っている。
かって、B29の空襲による風景とよくにている。
(私は生まれていなかったので当時の米軍フィルムの
記憶だと思う)



それから、愚妻に声をかける
(と言うことは一つベットで寝ていないのだ)



「おいおいTVを見てみろよ」

「神戸一帯が大変な事態の様だよ」


古くから中四国の都は大阪だった。
一旗上げに各家庭の誰かれは、京阪神に働きに
出かけているので、ほとんどの家庭には親戚がいる、

だが電話してみてもほとんどつながらない。
友人達に(在丸亀市)連絡を取り合ってみると
誰しも私と同じ状況なのであった。




平常時と異常時②へつづく