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一般財団法人ジャパン・マザーミッション機構
理事長 山内俊夫








昭和40年3月、早稲田大学入学の為、上京する下宿を西武池袋線の富士見台より
10分位のところに居を定めた。

通学の折、駅に向かう途中駅よりぞろぞろ、ベレー帽をかぶった一見芸術家の卵のような
若者とすれ違う。

後ほどわかったのだが下宿の近くに私の大好きな漫画家の手塚治虫氏のアトリエ
「虫プロダクション」があったのだ。
手塚治虫と言えば「鉄腕アトム」「鉄人28号」等など。
当時発売を心待ちに本屋に駆けたことが思い出される。


誰よりも早く購入したい一心で母親に小遣いをせがんだ事が記憶にある。
自分の本棚にずらり手塚作品が並べ、それが友人達に対する自慢でもあった。

早稲田大学では教師を夢見てわりと真面目に授業を受ける毎日だったと記憶している。

しかし東京生活に慣れてくると、本来持っている「怠け心」がムクムクと現れ
パチンコ屋で稼いだお金で新宿歌舞伎町界隈を遊んでいたものだ。
紀伊国屋本屋の近くの喫茶「嵐山」で時にはコーヒ1杯で7時間も居座る事もままあった。


私好みのポッチャリ娘がいたからかな。

我妻がポッチャリなのも本来ポッチャリが好みの私なのである。