認知症

一般財団法人ジャパン・マザーミッション機構
森本由吏代

父親が認知症を発症して入れる施設を探している間に三女が仕事を辞めて付き添ってくれていました。
父親の人格に戻る時間が短くなって行く中、運良く施設の空きの連絡がありました。

施設に入る手続きや退院の手続き、父親が借りていた家を引き払うことや片付け、当たり前の様に三女がやってくれました。
それですら、数多くの手間と作業が必要になります。
もちろん、親のことということで完全にボランティアなんです。

仕事も辞めて時間と手間をかけてくれた行為に私を含め他の姉妹は感謝も薄く甘えていました。
それでも三女は何も文句も言わずに父親の毎日の介護からの解放もあって穏やかな時間が過ぎていました。

そんなある日、三女からメールがありました。
父が病院に運ばれたと。
病院で担当医師の先生と話した後に詳細のメールが来ました。
脳梗塞で意識不明だと。

それから1ヶ月後に意識が戻らない父親の延命治療についての相談が三女からありました。
生前父は一切の延命をしないと公言しておりましたが署名はなく姉妹で決めて欲しいと言うことでの相談でした。

私は父が公言していたことを知っていたので本人の希望通りにしてあげてはどうかと提案しましたが、
現場にいる三女は悩んだ結果、意識が戻るかもしれないからと言って胃ろうをすることに署名したと報告がありました。

延命拒否か胃ろうかで三女は悩み、私が延命拒否でサインをしたら私が見捨てたことになるでしょ?
とメールの文章を読んだ時に三女の苦悩と姉妹の代表で書面にサインをする重圧を背負わせていたことに気が付きました。

それから2ヶ月経たない間に発熱をして段々と衰弱していった父親は意識が戻ることもなくこの世を旅立ちました。

父親の葬儀で姉妹が揃った時に三女が早くに施設が見つかったおかげで殺さずに済んだと思うって泣きながら話してくれました。
それぐらい直接介護している身内は精神的に辛いことが多いのかもしれません。

老後のことについて書面にするか話し合いを家族としておくことの重要性、
認知症予防の大切さを考える何かひとつの切っ掛けになればと思います。