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一般財団法人ジャパン・マザーミッション機構
理事長 山内俊夫

数年前、友人と久し振りのゴルフを楽しんだ。
彼は私より8歳若い歳である。
もともとロングヒッターで名をなした私は、
ドライバーはそれなりに自信があったが、
10年振りの同伴となった彼にオーバードライブされたのである。

「オイオイ、お前いつの間にハードヒッターになったのか?」彼いわく
「山内さんが飛んでないんですよ」
確かにかつては250ヤード飛んでいたドライバーショットが、
210ヤードぐらいしか飛んでない。

最近よくつまづく。
先日もゴルフ場内の芝生の間に小さな溝が隠れていた。
とてもたわいのない小さな段差。
若い時には何でもない段差につまづき右脛をしたたかに打ち付けた。
周りからクスクスと笑いが聞こえてくる。
決して気の毒そうな笑いではない。
たわいもない段差につまづく私を冷ややかな目で見ている風情である。

若い時に駅の階段などは2跳び3段跳びでスイスイ、
到着間なしの電車に駆け込んだものだ。
今では一段一段、踏みしめるように登ることしか出来ない。
交差点の歩行者用信号が青い点滅に変わると立ち止まり、
次の信号を待つ今日この頃である。
日常生活の行動一つ一つ、老化の信号が青の点滅でなく、赤信号になる。

我が女房は私以上に横幅があり、私の目から見ても行動範囲の幅の無さを時折指摘するのであるが最近では私の注意に対しブーメラン的に瞬時の返答
「あんただって動きが緩慢」だって。
かつての牛若丸のごとく8艘跳びのような身軽さは戻ってきそうもない。

老化には身体的な面ではなく社会的構造のいろんな面にも表れる。
一流(一部上場)会社も、地域コミュニティも、
特に現在の政治社会面でも老化現象が顕著に表れている。
官僚社会でも政治家の中でも年齢が若返っているにもかかわらず、思考回路に老化が目立つのである。決して老化と言い表すのではないかもしれない。
なんとなくマニュアル化社会なのかもしれない。
マニュアルに書かれていない事にはあまり反応しないのである。

マニュアルに書かれている事以外はまったく考えようとしない頭脳の老化(私はこう考える)現象である。なぜなのか、戦後の民主化の教育のせいなのか。
戦前には素晴らしい教育勅語があった。
戦後は戦争に突入したのは教育勅語がベースにあったと解釈されていた面があるので、戦後教育の場において教育勅語が否定されたのである。
その反面、国家戦力に対する反動が私権の増大化に偏りすぎたきらいがある。結果、マニュアル人間の養成を促進したのである。

家庭内にはマニュアル化を持ち込ませてはならない。1日、1週間、1ヶ月マニュアル化された日常をおくれば無味乾燥な家庭が出来上がる。
マニュアル化=ロボット化した家には帰る気がしない。

離婚もマニュアル的行動パターン化するのかな?