認知症

一般財団法人ジャパン・マザーミッション機構
森本由吏代

ついに父親の引っ越しの日が来ました。
桑名市から三女夫婦が車で迎えに来てくれました。

我が家に泊まっていた父親は残りの身の回りの荷物を持って義兄の車に乗り込み、笑顔でバイバイをしました。

それが私が見た、ボケてもなく生きている父親の最後の姿となりました。

桑名市へ到着して間もなく、近くの病院に検査入院をすることになったと姉から連絡をもらいました。

それ以降、話し合いや近況報告のために姉妹のメーリングを作成して共有しました。

そのメールに衝撃的な言葉が入って来たのは検査入院をしてすぐの事でした。

『お父さんが私の事が分からない』

三女からの書き込みに一瞬理解が出来ませんでした。

どういう意味なのかはメールのやり取りが何回も繰り返された後に理解出来ました。

要介護5の認知症であり、急いで施設を探す事になりました。

施設が見つかるまで付き添いが必要な病院であった為に三女は長年勤めた会社を辞めなくてはならなくなりました。

当初一緒に面倒を見る約束の長女は子供たちの学費が必要だから仕事を辞めるわけにはいかないと言い、半ば強引に三女に全て押し付ける形になりました。

次女は東京、四女の私は広島にいたので何も言わずに三女は会社を辞めて父親の介護をしてくれました。

そこから施設が見つかるまでの数ヶ月の間に、三女が父親の首を絞めて自分も死のうと思った事が何度もあったこと…

父親の葬儀まで私は全く知りませんでした…

検査入院と思っていたのに急激な環境の変化に父親の脳は全くついて行けず一挙に何も分からなくなるほどの認知症を発症しました。

三女を泥棒呼ばわりをする。
喚く、殴る、噛む、騒ぐ…

そして急に父親に戻る。

もともと父は寡黙で優しい九州男児。

三女にも感謝を述べ優しく微笑む。

一瞬で豹変して知らない人、泥棒呼ばわりをする。

その繰り返しに姉妹の中で1番冷静なはずの三女の心は徐々に壊れていきました。

そんな状態にもかかわらず、三女はメーリングに弱音を吐くこともありませんでした。

あの時以外は…